はじめに
ここまで3回にわたり、材料(ナレッジ)とレシピ(ノウハウ)の整え方を見てきました。前々回では、公開情報を出所と鮮度を保ったまま一箇所に集めるナレッジベースの話を、前回では、議員が持つ暗黙知を形式知に変える作業、そして別海町議会の一般質問検討会議で磨かれた「集合知と体系化」の経験こそが、現在のAI運用の種になっているという話をお伝えしました。
今回はいよいよ、3層モデルの最後のピース。実際の調理を担う「料理人」、すなわちエージェント型AIの話に入っていきます。
単一のAIに全部頼むと、うまくいかない
結論から言うと、ChatGPTやClaudeといった汎用のチャット型AIに「あれもこれもまとめてやって」と頼んでも、議員業務のような複合的な仕事は思うように仕上がりません。私自身、最初のころはそうやって使っていて、期待した答えに届かない経験を何度もしました。
理由は意外とシンプルです。一本の対話の中で、AIに何役も演じさせようとすると、役割が混線してしまうのです。書き手と、その書き手の批評者は、本来、別人であるべきです。資料を集める役と、論点を絞る役も分かれていた方がよい。これは人間の仕事でも同じで、執筆と編集が同じ人だと、どうしても甘くなる構造と似ています。
つまり、AIに良い仕事をしてもらうには、「役割を分ける」という発想が欠かせません。一人の万能選手に頼るのではなく、役割を持った複数の働き手を、必要な順番で動かす。これが「エージェント型AI」と呼ばれるしくみの基本的な考え方です。
エージェント型AIとは何か

「エージェント」という言葉は、直訳すれば「代理人」「働き手」を指します。議員業務に例えるなら、議員の周りで仕事を支えてくれる秘書、事務方、調査スタッフのような存在です。特定の役割を持ち、その範囲の仕事を責任をもって担ってくれる、そんなイメージです(実際のところ地方議員はこうしたスタッフを持てる状況ではありませんが)。
エージェント型AIでは、こうした働き手を何人も並べて、連携させて動かすのが特徴です。つまり、一人の地方議員でも、AIエージェントを通じて秘書・調査スタッフ・事務方が揃った体制を自分の手元に持てるようになる。これが、エージェント型AIが地方議員にとって特に大きな意味を持つ理由です。それぞれのエージェントは、自分の持ち場のことだけに集中します。そのかわり、自分のやるべきことにはプロフェッショナルに振る舞うよう設計しておきます。
実際に、私の手元では次のような分担が設定されています。
- 調査を担うエージェント:ナレッジベースから必要な資料を探してまとめる
- 起案を担うエージェント:集まった材料をもとに、文章の草稿を書く
- 批評を担うエージェント:草稿を読み、論理・出典・偏りを指摘する
- 仕切りを担うエージェント(オーケストレーター):全員の工程を設計し、順番に動かす
家庭料理を一人で作るのと、プロの厨房で何人ものスタッフが分業するのとの違いに近いものがあります。大量かつ質の高い料理を出し続けるには、分業のしくみが必要です。
作成者と批評者を分ける ― 「車の両輪」でハルシネーションを抑える
ここで、連載全体を貫く課題に立ち戻ります。AIの弱点であるハルシネーション(もっともらしい嘘)を、どう抑えるか。
この問題に対して、エージェント型AIは非常に有効な対抗策になります。仕組みはシンプルで、作成者と批評者を、別のエージェントに分けるのです。
- 作成者エージェントは、与えられた材料とレシピで草稿を作る
- 批評者エージェントは、その草稿に対し「出典は明記されているか」「論理は通っているか」「議員としての立場を踏まえているか」をチェックする
- 指摘があれば、作成者エージェントが修正する
- これを必要な回数だけ繰り返し、最後に仕切り役(オーケストレーター)が完成品を出す
作成と批評、この2つの役割はいわば車の両輪です。片方だけでは真っ直ぐ進めません。一人で書くと見落としてしまう間違いも、もう一人の目が常に入っていれば、かなりの確率で拾えます。AI同士でこのやり取りを回すので、人間が疲れない・途中で妥協しない、という副次効果もあります。
こうした仕組みを、技術の世界ではハーネスエンジニアリングと呼びます。複数のAIエージェントにそれぞれ役割を与え、手綱(ハーネス)をかけて協調させる設計手法です。私もこの考え方に基づいて、自分の業務に合った形にエージェントを組み立てています。
前回でご紹介した「一般質問検討会議」が、議員16人と専門家で一本の質問を磨き上げるプロセスだったように、エージェント型AIはその構造を個人の手元で再現するしくみだと私は受け止めています。規模は小さくとも、発想はまったく同じなのです。
実例 ― 議員業務で動いている料理人たち
具体的に、私の手元でどのような料理人(エージェント)が動いているか、いくつかご紹介します。
一般質問作成支援エージェント:一般質問のテーマ探しから、論点整理、質問文の起案、想定問答まで、私の思考プロセスを工程化した一つの大きなエージェントです。この中では、調査・起案・批評といった役割を持った複数のサブエージェントが内部でやり取りしながら処理を進めていきます。検討会議で磨いてきた手順が、そのままこのエージェントの設計図になっています。もちろん最終判断は私が下しますが、下準備の密度は一人で考えていた頃の比ではありません。
議会運営相談エージェント:議会運営委員長として、規則や慣例に照らした判断が必要な場面での相談相手です。条例・規則・議員必携・過去の先例などをナレッジベースに、議会運営上の判断フレームをノウハウとして持ち込み、論点を整理してくれます。これも、判断そのものは私の仕事ですが、材料と論点の提示は任せられるようになりました。
技術開発エージェント:ホームページの構築やシステム開発など、技術的な作業を担うエージェントです。こちらも内部に設計・実装・評価といった役割のサブエージェントを持ち、要件定義から実装・テストまでを工程化して進めます。私自身はエンジニアではありませんが、「何を作りたいか」「誰のために使うか」を伝えれば、技術面の具体化はエージェントが担ってくれます。実際に、この連載を掲載しているホームページもこのエージェントで構築しました。
汎用エージェント:特定の業務に限定されず、必要なときに呼び出して使う働き手もいます。たとえば、ドキュメントのデザインを整えるエージェント、SNS(X)の投稿案を作成するエージェント、会議の文字起こしを整形して記録にまとめるエージェント、委員会の調査サマリーを横断検索で作成するエージェントなど。これらは単体でも動きますし、他のエージェントの中からサブエージェントとして呼び出されることもあります。
これらは一度作って終わりではなく、使いながら不具合を直し、役割を見直し、少しずつ精度を上げていきます。料理と同じで、レシピも料理人も、現場で磨かれていくものです。
トレーサビリティの完結
前々回では材料のトレーサビリティを、前回ではノウハウのトレーサビリティを扱ってきました。今回登場するエージェント型AIの運用でも、この背骨は最後まで貫かれます。
- 作成者エージェントには、どの材料・どのレシピを使って書いたかを明示させる
- 批評者エージェントのチェック項目にも、「出典が明記されているか」を必ず入れる
- 仕切り役は、各段階のやり取りを記録として残す
こうすることで、最終的に私の手元に届くアウトプットに対しても、「この主張はこの材料に基づき、このレシピでこのエージェントが起案し、この観点で批評を受けて仕上がったものだ」と、すべての工程を遡ることができるのです。
材料からエージェントの最終出力まで、出所を一度も見失わない。これが、議員としてAIを使う際に私が最も大切にしている規律です。ハルシネーションは、個別の発言を気をつけて抑えるのではなく、こうして構造の側から抑えるのが、もっとも確実だと私は考えています。
次回へ
材料を揃え、レシピを書き、料理人たちを動かす。ここまで3層モデルの話を順に見てきました。
では、その全体を回している「誰か」は何をしているのか。答えはひとつ、発注者である議員自身です。最終回では、この発注者としての議員の役割 ― 志、気づき、受益者への想像力 ― がAI活用の最終的な質を決める、という話に入っていきます。
材料、レシピ、料理人が揃っても、発注者が不在だと料理はただ作られるだけで、誰にも届きません。