はじめに
前回は、議員業務の土台となる「材料」、すなわちナレッジベースの整え方についてお話ししました。条例や議事録、統計や白書といった公開情報を一箇所に集め、鮮度と出所を記録しながら、AIに渡せる状態で保っておく。連載の背骨である「トレーサビリティ」を、材料の段階から担保する、という話でした。
今回は第3回。料理比喩でいう「レシピ」、つまり議員が持つノウハウをAIにどう伝えるか、という技術の話に進みます。
材料だけでは料理にならない
どんなに一流の食材が揃っていても、レシピが無ければ料理にはなりません。これは情報の世界でも同じです。ナレッジベースにいくら良質な材料が積み上がっていても、「それをどう料理するか」の手順がなければ、AIはどう動けばいいか分かりません。
ここでいうレシピとは、次のような知恵の集まりです。
- 一般質問を組み立てるときに、自分がどの順番でどう考えているか
- 委員会資料を読む際に、どこに着目し、どう整理するか
- 議会運営上の判断を下すときに、何を根拠にどう判定するか
- 住民の声から政策課題を拾うときに、どういう視点で並べ直すか
これらは多くの議員にとって、明文化されていない暗黙知として蓄積されてきました。経験と勘、先輩議員からの申し送り、現場での痛い目 ― そうしたものから形づくられる、ある種の個人技の集合体です。
AIに働いてもらうためには、この暗黙知を形にして渡す必要があります。自分の頭の中でしか成立していない工程を、AIが読める言葉に翻訳する。これが「レシピをつくる」という作業です。
議員のノウハウを形式知化する
一般質問を例にとってみます。私が一本の質問を組み立てるとき、実は次のような流れをたどっています。
- テーマの気づき(住民の声・現場訪問・報道等から)
- 現状認識の整理(関連する町の現状・数値・歴史的経緯を押さえる)
- 類似事例の参照(他自治体の取組・研究者の見解)
- 論点の絞り込み(限られた質問時間で何を問うか)
- 質問文の構築(答弁者の立場も想定しながら書く)
- 想定問答(再質問を含めた複数ルートを用意する)
これは、私が長くやってきて自然に身についた順番です。しかし、誰かに説明しなさいと言われればこう説明できます。そして、AIに伝えるときも、この順番をそのまま言葉にして渡せばよいのです。
一度書き下してみると、自分の思考プロセスが意外と整理されていたことに気づきます。逆に、整理できていなかった部分 ― たとえば「論点の絞り込み」の判断基準があいまいだった、など ― も浮かび上がります。形式知化は、自分のノウハウを磨き直す作業でもあります。
ただ、ここまでノウハウを言語化できるようになったのは、私が一人で考え続けてきたからではありません。議員1期目の頃は、一般質問を一人で組み立てていました。手応えを感じる回もあれば、「もっと深く切り込めたはずだ」と悔いが残る回もありました。経験の積み重ねから少しずつ身についていく一方で、個人の学びには明確な限界があったと、今では思います。その限界を押し広げてくれたのが、2期目から本格化した別海町議会の取り組みと、そこで出会った一人の研究者の存在でした。
一般質問検討会議 ― 集合知と体系化の場

別海町議会では、議員任期の2期目に入った頃から、土山希美枝教授(当時龍谷大学、現法政大学)を議会サポーターとしてお招きし、「一般質問検討会議」という取り組みを本格化させました。定例会の通告段階で、議員が用意した通告書案を全員で持ち寄り、相互に助言し合って磨き上げる場です。半日あるいは一日かけて、議員全員で一般質問を議論します。
この取り組みは、令和4年度の全国町村議会議長会「町村議会表彰」の事績記録に取り上げられたほか、第18回マニフェスト大賞(2023年)でも「一般質問検討会議から議会の政策形成へ」として優秀賞を受賞しました。続く第19回マニフェスト大賞(2024年)でも、「一般質問検討会議を軸とした政策形成サイクル確立への取り組み」としてエリア選抜に選ばれています。土山先生ご自身も、専門誌の連載で別海町議会の事例を複数回にわたり紹介してくださっています。しかし、表彰や外部評価よりもまず、参加している議員一人ひとりの側に、はっきりとした変化が起きました。私自身の中でも、ノウハウに対する見方が二つの意味で大きく変わったのです。
個人の学びを超える ― 集合知が積み上がる感覚
最初に感じたのは、一人の頭だけで組み立てていると、自分の見えている範囲がずいぶん狭かったのだな、ということでした。16人の議員がそれぞれの視点、それぞれの現場感覚、それぞれの経験知を、同じテーブルに並べる。すると、同じテーマであっても見る角度によって浮かび上がる論点がまるで違う。一人では思いもよらなかった切り口が次々に出てくるのです。毎回が新しい発見の連続でした。
一般質問検討会議を導入する以前、私が本会議で放つ一本の質問は、良くも悪くも「私一人分の経験」から組み立てたものでした。しかし検討会議が定着してからは、一本の質問を磨き上げる段階で、16人の議員それぞれの視点と、土山先生という専門家の知見とが融合した一つの質問として仕上がるようになりました。質の差は、自分自身でいちばん実感したところです。
さらに、自分が質問を組み立てる番でないときも、検討会議では他の議員の通告書を全員で検討します。つまり、一度の定例会ごとに、他の議員の一般質問の構築過程にも参加できるのです。一回の定例会で、自分一人分ではなく、議員全員分の経験が積み上がっていく。これは議員としての学びの効率という意味でも、非常に大きなプラスになりました。
個人の学びの積み重ねを超えて、議員集団としての集合知が、目の前で積み上がっていく感覚があったのです。自分がいくら本を読み、いくら現場を歩いても、一人の時間だけで到達できる地点には限界があります。ところが、15人分の視点と経験が一度に流れ込んでくる場では、その限界が一気に外れていきます。
理論の輪郭に触れる ― ノウハウの体系化
もう一つの変化は、この集合知の上に、土山先生の専門的な知見が重なったことで起きました。土山先生は自治体議会研究、とりわけ一般質問研究を長く続けてこられた研究者です。私たちが現場で感覚的に捉えていたこと ― 「よい質問とは何か」「なぜこの問い方が効くのか」「どの切り口が政策につながるのか」― に、理論的な輪郭を与えてくださいました。
「こういうふうにノウハウを構築していけばよいのだ」という形が、おぼろげにではあれ、見えてきた瞬間だったと思います。現場の集合知と、学術的に体系化された理論。この二つが交わったとき、ノウハウは初めて、他人に渡せる形に整い始めたのです。
これが、AIに仕事をさせる仕組みの「種」になった
いま振り返ると、この一般質問検討会議での経験こそが、現在私がAIに仕事をさせるときの仕組みの「種」になっています。
- 材料(ナレッジ)をどう整えるか
- レシピ(ノウハウ)をどう形式化するか
どちらの発想も、この場で身をもって学んだ考え方が下敷きになっています。集合知として積み上げる発想と、体系化された理論を掛け合わせる発想 ― この2つを議員として先に体験していたからこそ、AIという新しい道具が現れたとき、「これはあのとき検討会議で起きていた構造を、個人の手元で再現できる道具ではないか」と直感できたのだと思います。
外から取り込むノウハウ
議員仲間との磨き合いに加えて、さらに広く目を向ければ、すでに文献として体系化された良質なレシピの候補もたくさんあります。
- 自治体議会の運営に関する専門書、議会運営の先例集
- 大学の研究者による論文、公共政策分野の著作物
- 他自治体の議会改革の記録、先進的な取組事例
- 議論の技法に関する著作(論証の組み立て方や詭弁の見抜き方など、議会に限らない本質的な議論のノウハウ)
これらはすでに公開され、体系化された良質なレシピの候補です。自分でゼロから考え出す必要はありません。信頼できる先人のレシピを取り込み、自分のノウハウと組み合わせる。これは料理人が名店のレシピを研究するのと同じ構図です。
取り込みにあたって大事なのは、出典を必ず保持することです。誰のどの文献に基づくレシピなのか。これを付記しておくことで、AIが返してきた答えに対しても、「このロジックは〇〇先生の論文に由来する」と遡れるようになります。ここが、前回触れたトレーサビリティの継承点です。
プロンプトとルール ― AIにレシピを渡す技術
では、具体的にどうAIにレシピを渡すのか。現実にやっていることは、主に2つです。
一つは、プロンプト(指示文)の設計です。AIに仕事を頼むときの指示書のようなもので、そこに、役割(誰として動くか)、手順(どの順番でやるか)、参照する材料(どのナレッジを見るか)、出力形式、そして禁止事項を書き込みます。
もう一つは、ルールの設計です。毎回同じことを書くのは非効率なので、繰り返し使う前提や守ってほしい制約をあらかじめルール化しておきます。たとえば「固有名詞の扱い」「引用の書式」「議員としての立場からの留意点」などです。こうしておけば、個別のプロンプトは短くなり、本題に集中できます。
重要なのは、プロンプトとルールは一度書いたら終わりではないということです。AIが返してきたアウトプットを見ながら、「ここが足りなかった」「これは不要だった」と何度も修正します。料理と同じで、レシピは現場で磨かれていくものです。
ナレッジ × ノウハウの掛け合わせ

ここまでくると、前回の「ナレッジ」と今回の「ノウハウ」が、掛け算の関係にあることが見えてきます。
| 組み合わせ | 結果 |
|---|---|
| ナレッジ ✕(ノウハウ不在) | 材料は揃っているが、料理にならない |
| (ナレッジ不在)✕ ノウハウ | 手順はあるが、素材がなくて作れない |
| ナレッジ ✕ ノウハウ | 根拠のある、筋の通った料理が仕上がる |
どちらか片方だけでは、AIは期待通りの仕事ができません。両方が揃って初めて、議員業務に使えるアウトプットが生まれます。
私の経験では、初期はナレッジを整えることに意識が向きがちでしたが、ある段階から「ノウハウを整える方が難しい」ことに気づきました。自分の頭の中で何となく判断していることを言語化する作業は、静かに忍耐を要します。しかし一度形式知化してしまえば、同じ質の判断をAIに繰り返させることができます。これは議員業務の生産性という点で、非常に大きな転換点でした。
ノウハウのトレーサビリティ
最後に、連載の背骨を再確認します。前回では、材料の出所・取得日・版を記録することで、材料のトレーサビリティを担保する話をしました。
今回のテーマである「ノウハウ」にも、同じ規律を適用しています。
- 自分の思考プロセスを書き下したものには「いつ更新したか」「何がきっかけで変わったか」を付ける
- 外部から取り込んだレシピには「誰のどの文献に基づくか」を付ける
- プロンプトやルールには「どの場面で使うか」「なぜこのルールを入れたか」を付ける
ノウハウの側でも出所と根拠を残しておくと、AIのアウトプットに対して「この判断は〇〇の論文に由来し、〇〇の場面で磨かれたレシピに基づく」と説明できます。材料と同じく、ノウハウにもトレーサビリティを。これが連載全体を通じた一貫したスタンスです。
次回へ
今回は、議員のノウハウをどうAIに伝えるかについて書きました。次回は、いよいよ「料理人」、つまりエージェント型AIそのものの話に入ります。単一のAIとの違い、役割分担の考え方、ハルシネーション対策としての相互レビュー ― 3層モデルの最後のピースです。
材料が揃い、レシピが書ける。あとは腕のいい料理人がそれを形にしてくれます。