はじめに
前回は、私がAIと出会い、Claude Codeを通じて「議員業務とエージェント型AIは強い相性を持つ」と確信するまでの道のりをお話ししました。
第2回からは、本編にあたる3層モデル ― 材料・レシピ・料理人 ― の話に入っていきます。今回はまず「材料」、つまり議員の仕事を支えるナレッジ(知識・情報の蓄積)をどう整えるかを取り上げます。
どんなに腕のいい料理人がいても、材料が揃っていなければ料理はできません。逆に言えば、材料をきちんと揃えておくことが、以降のすべての工程の土台になります。議員業務にAIを取り入れるうえでも、この土台づくりが決定的に重要だと、私は実感しています。
議員が扱う情報は、驚くほど多様
まず、議員が日々扱っている情報を思い浮かべてみます。
- 条例・規則・要綱
- 総合計画・各種基本計画
- 議事録・委員会記録
- 統計・予算書・決算書
- 国や道の白書・検討会議資料
- 議員必携・議会運営に関する慣例
- 関連分野の論文・専門書・報道
- 住民からの声や現場メモ
一人の議員が、これだけ多様な情報を「必要な時に」「必要な形で」引き出せる状態に保つのは、率直に言って相当大変です。私自身、AIを使い始めた当初、一番つまずいたのがここでした。
手元にChatGPTやClaudeがあっても、そもそもAIに渡すべき「材料」がうまく整っていない。あちこちのフォルダ、メール添付、紙の書類、頭の中 ― 情報がバラけている。これでは、AIに頼んだところで答えの質は上がりません。
ナレッジベースという発想 ― 情報の置き場所と鮮度

そこで私が行き着いたのが、議員業務で使う情報を一箇所に集めたナレッジベースを持つ、という発想です。ナレッジベースは、直訳すれば「知識の蓄積庫」。日々の業務で参照する情報を、分類して、鮮度と由来を添えて並べておく場所のことです。料理に例えれば、材料を保管する食品庫や冷蔵庫にあたります。料理人がいい仕事をするには、どこに何があるか・いつ仕入れたものかが見える必要があります。情報の扱いもこれとまったく同じでした。
ナレッジベースを設けるにあたって、大事にしているのは次の3点です。
- 置き場所が一つであること ― 同じテーマの情報があちこちに点在していると、古いものと新しいものの区別がつかず、AIに渡す材料としても信用できなくなります。
- いつ取り込んだかが分かること ― 法令・統計・計画書などは改定されます。情報に「仕入れ日」が付いているかどうかは死活問題です。
- 出所が追えること ― その情報がどこから来たのかが分かっていれば、後から裏取りができます。分からないまま使うと、前回でも触れたハルシネーション(もっともらしい嘘)に気づけません。
ちなみに、情報の分野では「SSOT(Single Source of Truth/真実の単一源)」という言い方があります。難しそうに聞こえますが、要は「そのテーマの本家はここ一つ」と決めておく、ということです。ナレッジベースは、この考え方を日々の運用に落とし込んだ仕組みだと理解していただければよいと思います。
私のナレッジベース ― 自動で仕入れて、自動で並べる
実際に私の手元では、パソコン内にナレッジベースを一つ立て、そこに議員業務で使う情報を集約しています。ポイントは、人の手で一つひとつ取りに行くのではなく、仕組みに自動で取りに行かせていることです。
やっていることを、仕組みの細部を省いてざっくり書くと次のようになります。
- 仕入れ先の一覧を決める:国や道の官公庁の発表、議会資料、信頼できる研究機関の報告、地元に関わる報道など、取りに行く先をあらかじめリスト化する
- 毎朝、自動で巡回する:リストに従って新着情報を取りに行き、ジャンルごとに分類してナレッジベースへ並べる
- 鮮度と由来を必ず記録する:いつ取得したか、どこから来たかを、すべての情報に付けておく
- 週に一度、棚卸しする:古くなった材料や重複を見直す
要は、事務所に優秀なアルバイトが一人いて、毎朝新聞や白書を切り抜き、インデックスを貼って棚に並べてくれている ― そんなイメージです。AIにこの作業を任せられるので、私自身は材料集めそのものに時間を使う必要がほぼなくなりました。
これは、議員が一人でやるには荷が重い作業です。しかし仕組みに任せてしまえば、日々コツコツ積み上がっていきます。半年、1年と続ければ、一般質問や委員会準備のときに「まずナレッジベースを開く」という当たり前の動きが成立するようになりました。
トレーサビリティ ― 連載全体を貫く背骨
ここで、連載全体の背骨となる考え方を一つ置かせてください。トレーサビリティ(traceability)、日本語では「追跡可能性」と訳される概念です。食品の世界で「この牛肉はどこの牧場で生まれた牛が、どこで育ち、いつ処理されたか」を追えるようにするアレです。
議員がAIを使うにあたって、私が最も大事にしているのがこの考え方です。AIが返してきた答えに対し、「その答えの材料はどこから来たのか」を、いつでも遡って確認できる状態を保つこと。
ナレッジベースの段階でここを押さえておかないと、後から「この数字どこから来たんだっけ?」となってしまい、公的な場での発言には使えなくなります。逆に、ナレッジベースの時点で出所・取得日・版が記録されていれば、AIに仕事をさせたあとも、最後まで根拠を追いかけることができます。
前回で「ハルシネーション問題への光明」として触れた話の正体は、実はこのトレーサビリティです。材料の段階で出所を保証し、その後の工程にも保証を引き継ぐ。これができれば、AIを使っていても、最終的な発言・文書には根拠がついてきます。
公開情報と機微情報 ― 線の引き方
もう一点、ナレッジベースを運用する上で避けて通れないのが、情報の機微度の線引きです。
議員業務で扱う情報の大半は公開情報です。条例、議事録、統計、白書 ― これらは誰でもアクセスできる公共財です。公開情報を材料としてAIに渡すこと自体に、原理的な問題は生じにくい。これは前回でも触れた通りです。
一方で、住民から直接伺った個別事情、係争中の案件、未公表の予算編成関連情報など、取り扱いに慎重を要するものがあります。私はこれらを最初からナレッジベースには入れない方針で運用しています。混ぜた瞬間に、ナレッジベース全体の扱いが重くなってしまうからです。
AIにどこまで渡してよいかの判断は、用途ごとに個別に考えます。便利さに引きずられて線を越えない。議員である以上、ここは自分の良識で引かなければなりません。
次回へ
今回は「材料」の整え方を中心にお話ししました。ナレッジベースを整え、出所と鮮度を保ち、公開情報を軸に組み立てる。これが、AIに仕事をさせるための土台です。
次回は、この材料をどう「レシピ」に乗せてAIに渡すか ― つまり、議員が持つノウハウをAIに伝える技術について書きます。材料が揃うと、次は調理の段取りが気になってきます。